リーガルダンジョンの日本語翻訳について

 

リーガルダンジョンの現在の日本語翻訳はやや複雑な経緯を経て実装されている。

まず、リーガルダンジョンのリリース時(2019/5/7)には韓国の翻訳会社による日本語翻訳が実装されていた。これには日本語として不自然な表現があったり、明らかな誤字も存在した。

その後、有志が製作者に連絡をして翻訳を改善し、新しい日本語翻訳が公開された(2019/6)。これがリーガルダンジョンの現在の日本語翻訳であり、こなれた日本語に変更され誤字が修正されたこともあって、現在の日本語翻訳を称賛する声は多い。なお、後述するとおり、この翻訳をする際には特殊なやり方がとられた。

 

ところで、先日、現在の日本語翻訳について興味深い指摘がされていた。このnoteの記事である。

詳しくはリンク先の記事を直接読んで欲しいが、要するに、原文の韓国語では軍隊での話なのに日本語翻訳では野球部での話にすり替わっており、原文の意図がオミットされている、現在の日本語翻訳は本当に「高品質な翻訳」なのだろうか?という指摘がなされている。

指摘された部分(【会話 殺人の予言】)について日本語翻訳、英語翻訳、中国語翻訳、原文を並べてみよう。なお、日本語翻訳以外は画像の下にGoogle翻訳したものを記載した。

肋骨が折れたり骨折したりしても、当然ながら歩き回ることができます。
私は一度それを経験しました。
軍隊時代に戻り、一兵卒として。ああ、あなたは軍隊に勤務したことがないので、それがどのようなものであるかを本当に知ることはできません。

彼女の肋骨にひびが入ったり折れたりすると、彼女の姿勢も彼女と同じように奇妙になります。
私は以前にもこれを経験したことがあります。
それは私が兵士だった頃のことです。ああ、船長はまだ兵役に就いていないので、そういう経験がないのかもしれない。


当然骨にひびが入ったり壊れた人もあんなに歩き回ることができる。
私が我慢した経験があれば。
二等兵生活する時でしたが、ああ、チーム長は軍隊に行ってないからよく分からないのか?


確かに、日本語翻訳以外では原田が軍隊に所属していた頃の話をしているのに、日本語翻訳では原田が高校の野球部の頃の話している。それだけでなく、日本語翻訳の「高校ん頃、クソ厳しい野球部でな。若ぇ係長にゃ想像もつかねぇような世界だ。」という文は、他の翻訳や原文の文とかなりニュアンスが異なるように思える。この部分の日本語翻訳が原文の正確な翻訳になっていないというnote記事の指摘はそのとおりだろう。

 

では、なぜこのような日本語翻訳になったのだろうか?ここにはマクロな問題とミクロな問題があるように思えるので区別して検討したい。

以下、話を進めるにあたって、リーガルダンジョンのリリース当時の日本語翻訳のことを「5月翻訳」、現在の日本語翻訳のことを「6月翻訳」と呼ぶ。

 

一つ目の、マクロな問題というのは、ゲーム全体の翻訳方針のことである。6月翻訳では、登場人物の名前や地名等は日本風の名称に翻訳されている。翻訳先の言語の現地にあわせて翻訳するという翻訳方針が取られているわけである。軍隊の話が野球部の話に変えられているのも、徴兵制度が存在しないため軍隊が身近でない日本にあわせてローカライズしたものと理解できる。

問題はこの翻訳方針が決定された時期である。例えば、5月翻訳では原文に忠実に翻訳する方針が取られていたのに、6月翻訳では日本にあわせて翻訳する方針に変更されたのだとしたら、6月翻訳の翻訳者は批判されてもおかしくないだろう。

これを調査するために、Steamのリーガルダンジョンを5月翻訳当時のバージョンに戻して、今回の指摘部分を確認してみた。

5月翻訳当時から軍隊の話ではなく高校の部活の話だったことが確認できる。

また、登場人物の名前も日本風に翻訳されていたことが確認できる。

5月翻訳の時点で、ゲーム全体を日本にあわせて翻訳するという翻訳方針がとられていたわけである。6月翻訳の翻訳者は、5月翻訳の翻訳方針をそのまま引き継いで翻訳を改善したのだろう。

そもそもこの翻訳方針を決定したのは誰なのだろうか。5月翻訳の翻訳者なのか?それともリーガルダンジョンの製作者であるSomi氏なのか?

 

二つ目の、ミクロな問題とは、個々の具体的な文章をどのように翻訳するかという問題である。現地にあわせて翻訳するという翻訳方針がとられていたとしても、現地にあわせた翻訳にも自ずと限界はある。現地に存在しないモノを無理やり現地にあるモノに置き換えようとすることで、原文から大きくニュアンスが変わった翻訳となってしまうこともあるだろう。

さて、指摘部分の5月翻訳と6月翻訳を改めて比較してみよう。

5月翻訳

6月翻訳

5月翻訳の「高校の時、部活やってた頃なんだけどさ。あ、課長は特に部活やってないか。」という文が、6月翻訳では「高校ん頃、クソ厳しい野球部でな。若ぇ係長にゃ想像もつかねぇような世界だ。」と大胆に変更されていることがわかる。繰り返すが同じ文の韓国語原文(のグーグル翻訳)は、「二等兵生活する時でしたが、ああ、チーム長は軍隊に行ってないからよく分からないのか?」である。

 

具体的な文章をどう翻訳するかは、価値判断が絡む問題であり、明確な正解は存在しないと思われる。また、製作者と一次翻訳者が存在する中で、二次翻訳者の一存で決定出来ることは限られるのかもしれない。それらを無視したうえで、私個人の感想を述べると、いくら日本の昔の野球部が厳しかったとはいえ、高校の部活の厳しさと軍隊の厳しさとでは質が全く異なるのではないだろうか、今回の部分に関しては、野球部の話ではなく軍隊の話として翻訳するという判断もあったように思える。

 

 

 

 

ところで、話題が少し変わるが、6月翻訳はやや特殊な翻訳のやり方をしているように思われる。

長くなるがこの記事から引用する。

水谷:
原文は韓国語ですが何語を見て翻訳チェックされました?

しごと氏:
日本語と中国語と韓国語があったので、全部見ながらやりましたね。韓国語と中国語は機械翻訳を通して、ある程度意味をとりながら日本語と照らし合わせて「これはこういうことじゃない?」という。だからローカライズというよりはリライトでした。

ことり氏:
お互い書いた文章を、キャラクターにあわせてリライトすることもありました。

水谷:
どちらが、どのキャラの担当とかは決めていました?

ことり氏:
ある程度はキャラクターの担当があって、最終的な決定権は決まっていました。分担としては、おっさんはみんなしごと氏がやりましたね。私はそれ以外みたいな。

 

水谷:
韓国語は読めるんですか?

しごと氏:
韓国語はまったく読めないですね。英語は読めはするので、たまにわからない単語を調べました。でも、『リーガルダンジョン』の英語版は韓国語から英語に翻訳が入っているので、英語がSomiさんの意図にあっているかどうか、ニュアンスが特にわからなくて。登場人物がどういう人なのか、Somiさんがどう思ってキャラ付けしているのかが、英語からだとわからないんです。

水谷:
その部分が韓国語と中国語を通じて見えてきたんですね。

しごと氏:
そこが本当に謎解きでした。前後の文脈とかも含めて考えていくうちに、いろいろ見えてきたものがありました。

水谷:
Somiさんにそうした細やかな質問などはされました?

ことり氏:
翻訳作業が終わってから直に会う機会があったので、その時に少し確認をしたくらいです。

水谷:
事後確認ですか。すごく特殊なやり方ですね。

ことり氏:
ある程度は間違っていない確信はあったのと、こっちも細かなニュアンスまでSomiさんと意思疎通できないので、事後確認というかたちになりました。

 

上記インタビューの中に「キャラクターにあわせてリライト」「登場人物がどういう人なのか、Somiさんがどう思ってキャラ付けしているのか」という文があり、6月翻訳の翻訳者が登場人物のキャラクター性を重視していることがわかる。もっとも、リーガルダンジョンの登場人物にはセリフが少ない人物もおり(特に清崎)、その人物のキャラクター性は必ずしも明らかとは限らない。キャラクター性を重視するとどうしてもそこには解釈が入ってくる。

 

私が気になっている翻訳の一つに、【& ビラ】において、他の言語では清崎は泣いていないのに日本語翻訳だけ清崎が泣いている、というものがある。これなども、清崎はこういうキャラクターだろうという翻訳者の解釈があり、それが「泣いてんの」という翻訳に織り込まれているように思われる。しかし、翻訳の域を超えて、登場人物に新たにキャラクター性を付与することになっていないだろうか?

ちょっと前景(記事作成者注:前景は清崎蒼の韓国での名前)
この野郎、いきなり何でこんなことするんだ?
(検察官へ)人を探すというチラシでした。だからチラシのタイトルが....

5月翻訳は下の画像であり、こちらでも清崎は泣いていない。

 

なお、この記事には以下のような一節もあり、製作者に何も聞かずに翻訳で一方的にキャラをつけたこと、キャラを盛ったこと、は翻訳者自身も認めているようである。

ことり氏:
質問じゃないんですが……Somiさんには少し罪悪感的なものを感じていて。ずばり、何も聞かずに、翻訳で一方的にキャラをつけちゃったことを気にしています。日本語版だけ、キャラを盛っちゃった。キャラクターの詳しいイメージが聞ければよかったんですが、私の言語力ではニュアンスまで聞き取れないので、そのまま色を付けてしまいました。それと、イラストも勝手なイメージで描いちゃったので、そのあたりについてすいませんと言いたいです。ああやってキャラクターを盛ったりイラストを書いたりして問題なかったですか、怒ってませんかとうかがっておいてください。